本田宗一郎ものづくり伝承館

本田宗一郎ものづくり伝承館

 

住所 〒431-3314 浜松市天竜区二俣町二俣1112

電話 053-477-4664 FAX 053-477-4664

開館時間 10:00~16:30 休館日 月・火曜日 ※月・火曜日が祝日の場合は翌水曜日

家族や仲間たちとの訪問記録です。

平成27年度企画展

伝承館前イベント

ホンダA型

1942年(昭和22年)

初めてホンダ名で製品化した自転車補助エンジン



センターカブ

エンジンはHONDA製

販売したのはセンター商事だったかな?

間違っていたら訂正いたします。

国内に2台あるだけだそうです。



1959年 C71  250cc

プレスハンドル、神社仏閣スタイルで当時の人気車



1963年 C72 250cc




1990 Dream50R


HRCが販売したレース用バイクですね


1964年 CB72  250cc




1947年 ホンダA型




ストーンペンティング

企画展

入り口でいつも迎えてくれるおやじの左手




1952年 ホンダカブF 型 空冷2サイクル単気筒 50cc 1PS/3,600rpm

1951年まで生産されたA型の後を受け発売された補助エンジン付き自転車。



2Fに新たにお目見えした本田宗一郎さん

 

 

 

絵を書く事が好きだった宗一郎さんの事が映像でも紹介されていました。




写真は縦書きの社外向に書いたマン島TTレース出場宣言文です。

横書きの従業員向けに書いた内容を紹介しましね。 



                  宣 言

 

 わが本田技研創立以来ここに五年有余、画期的飛躍を遂げ得たことは、全従業員努力の結晶として誠に同慶にたえない。

 

 私の幼き頃よりの夢は、自分で製作した自動車で全世界の自動車競争の覇者になることであった。しかし、世界の覇者になる前には、まず企業の安定、精密なる設備、優秀なる設計を要することはもちろんで、この点を主眼としてもっぱら優秀な実用車を国内の需要者に提供することに努めてきたため、オートバイレースには全然力を注ぐ暇もなく今日におよんでいる。

 

 しかし今回、サンパウロ市における国際オートレースの帰朝報告により、欧米諸国の実状をつぶさに知ることができた。私は現実に拘泥せずに世界を見つめていたつもりであるが、やはり日本の現状に心をとらわれ過ぎていたことに気がついた。今や世界はものすごいスピードで進歩しているのである。

 

 しかし逆に、私の年来の着想をもってすれば必ず勝てるという自信が昂然と湧き起こり、持ち前の闘志がこのままでは許さなくなった。

「絶対の自信を持てる生産体制も完備した今、まさに好機至る!明年こそはT・Tレースに出場せんとの決意をここに固めたのである」

 

 わが本田技研はこの難事業をぜひとも完遂し、日本の機械工業の真価を問い、これを全世界に誇示するまでにしなければならない。わが本田技研の使命は日本産業の啓蒙にある。

 

 ここに私の決意を披瀝し、T・Tレースに出場、優勝するためには、精魂を傾けて創意工夫に努力することを諸君とともに誓う。右宣言する。

 

昭和二十九年三月二十日

              本田技研工業株式会社  社 長  本 田 宗 一 郎



旧街道の農家

紅葉の山

牡丹

枝のりんご

カトレア

1964年 RC114

1963年、世界GP最終戦の日本GPで優勝した50ccツインRC113をもとに開発されたRC114。

1964年シーズンに投入、3勝を挙げ年間ランキング2位を獲得しました。

最小排気量の50ccクラスでは軽量・高出力の2ストロークが圧倒的に有利だったが、Hondaは唯一4ストロークで参戦。

RC114の空冷DOHC4バルブツインエンジンは最高出力12.2PS/19,000rpm、リッターあたり244PSものパワーで2ストローク勢と互角に戦ったんです。

軽量化対策として、前ブレーキは自転車同様のリムを挟んで制動させるキャリパータイプとした。

これは、50ccクラスのマシンではレースでの前ブレーキの使用回数や負担が少ないことから採用された。

1969年  CB750FOUR 

1965年 CB450

1970年 CB350エクスポート

1Fにあるショップ

今回のお土産

●カブの手ぬぐい (新製品)

●本田宗一郎さんのマスコット (新製品)

●本田宗一郎さん語録鉛筆



鉛筆に書かれている語録

いつも心の中に…