藤澤武夫のことば
S・P・Bの講習を受けて
(1955.S30.9 社報 藤澤武夫)
わが社の三原則
一、作って喜び
(メーカー)
二、売って喜び
(代理店、小売店)
三、買って喜び
(お客様)
であったが、これは大変な誤りであることに気がついた。
順序を変えなければ企業は失敗する。それは"お客様の喜び"を第一番目にしなければならないはずだ。"その喜び"があって、初めて"売る喜び"があるはずである。その"二つの喜び"の報酬として"作る喜び"になるのが順序である。そこで、その点から論を進めたい。
買って喜ぶ
買って喜ばれるものが"商品"といえる。これを作るのが製作所全員の義務であり、責任である。 "工場で膨大なる労働力を注ぎ込んで製品はできても、必ずしもそれは商品だとは言えない"これは味わうべき言葉である。これは長い年月、軍が青写真通りのものを製造させ、納入させ、代金を払う、つまり商品だとして取り扱っていてくれたことの習慣性が、今もって日本の工場の中に、そしてそこに働いている人達にしみこんでいるのだ。
工場から流れだすものは、常に商品でなければ、それはそれまでに積み重ねて得てきた名声を減らす目的をもって妨害し、会社を衰亡させ、将来職を失なうことに努力することと同じである。
ここ一、二年他の会社も必死になって商品を作りだそうとしていることは諸君も知っている。
"一つの会社が企業として存在することのできる唯一の要件は、お客様が満足と信頼を続いて持ってもらえている間だけだ"
また優秀な製品でも高い原価では必ずしもよい商品だとは言えないことは当然である。
従来、わが社でも各職場においては"いかにすればよいか"と真剣に研究させていたが、それを集計、統合して実行する一つの方法として、重役・部課長は多忙であろうとも、是非五日間ぐらいのM・T・P(監督者訓練)で猛烈に勉強してもらいたい。
今やっているT・W・I(これは引き続いて全係長、班長にもやってもらう)と結びつき、自分の縄張りや「我」等を捨てた、大乗的な集団思考の訓練が、部下の人達に、充分意見をださせ、必ず製作所としての大きな方向が決められる基礎となるであろう。
そして技術を併行して"商品"を作りだすことを完遂されたい。
売る喜び(小売店)
小売店、代理店を繁栄させるような営業をしないかぎりこの"売る喜び"は熱意をなくし、その努力を他社の商品に向けるであろう。
商品の価値と効用性は会社の人格があってこそ、小売店は安心して資力を投げだし、将来の希望をかけるのである。
会社の人格に対する不信、不安は、小売店の家業の安定に疑念を持たすのである。メーカー側があまりに自己中心主義である場合には、小売店も自己中心となって"保身の術"を講ずることになるであろう。
本社の営業としては"売る喜び"の販売店に対し、それが永続するような政策をたて、絶対の責任を取らねばならない。
宣伝、販売、部品、サービスの全員、各自の職責を持って"お客様の不満は?
お客様のご希望は?"と常にレーダーの役目をし、製作所へ間違いのない報告を"お客様の代弁者"となってしなければ「商品」は生みだせないのである。
この私の受けたS・P・Bはその点いろいろな暗示を与えてくれる。営業、宣伝の人達は十日間の罐詰講習を受ける必要がある。
このような集団思考の結果"ホンダにふさわしい営業"を生みだすよう努力してほしい。
結び
M・T・Pなり、S・P・Bをやればすぐになにか、魔法使いのように奇跡があらわれるものではない。しかし会社の進まねばならない方向へ向いていることは確実だ。あれはそれを行なう努力がこれを解決する。
本田技研は未完成の会社であることは創立以来の年月が浅い点で、社内的には許されても、社外の人は苛酷なぐらいに、批判的だ。それをこばむことはできない。ここで我われは"自分の問題でない。他の人の責任だ。あるいは会社の責任だ"とは考えないで"自分達が一人ひとりが協力して守らねば、破られる"ことを知らなければならない。
他の会社に敗れ、追い抜かれ、衰亡するようなことがあったとしたら芭蕉の句の<つはものどもが夢のあと>である。世界一流の工作機械設備と、優秀な人材を擁しても、そして優秀な設計のドリーム、ベンリイであっても、商品とすることはできないで、製品のままで終わりとしたなら…後悔は決して時を戻してはくれないであろう。
"私も勉強しなければならない数多くのものがある"これは今回の講習会で私が痛感して帰った最大の収穫だが、これを直ちに全従業員諸君と共通した所感としたい。