本田宗一郎のことば

製品に対する親切

(1952.S27.4 月報 本田宗一郎)

 

 

 過日、私は知人よりインジェクターの安全剃刀を贈られた。すこぶるスマートで切れ味も至極よろしいので愛用しているが、この剃刀は刃を押し出して取り換える際に古刃が刃引きされるようにできている。容器はプラスチックの斬新な意匠で、商品価値を尊ぶ米国人の心掛けに感心したが、古刃が刃引きされて出る構造に対して殊に敬服した。 私は会社の従業員に「製品に対しては、あくまで親切であれ」と語ってきたが、これこそ、その典型である。

 

 古刃を紙切ナイフ代用に用いるには不便かも知れないが、刃を取り換える際に使用者が怪我をしないように、刃引きすることにまで心を用いている行き届いた親切心には頭が下がる。

 

 基本的人権の尊重は、その国の文化のバロメーターである。生命の尊重は、その最たるものであるが、この一事によっても、アメリカの高い文化の程度がうかがわれ、工業の水準の優れて高いことが知られる。

 

 殊にわが社のように、交通機関の製造に携わるものは、一つのビスの緩みが乗用者の生命に関係することを、常に念頭に置かねばならぬ。私どもにとって最も大切な顧客に怪我をさせ、生命を奪うに至っては、その罪を償うべからざるものである。

 

 世に過失傷害罪とか、過失致死罪という罪があるが、この罪のうち、交通機関の製造に従事する者の罪があげられないことが、私には不思議である。交通事故の原因を厳重に調査するとき、運転する者の過失として処罰されているもののうち、製造する者の不注意に基くものが決して少なくないと思う。

 

 急停止のブレーキをかけたが、その性能が充分でなかったとか、ナットが緩んでいたために運転の自由が利かなかったとかいうことは、運転者よりもメーカーの責任である。

 

 わが社で車体の組立検査を終わった後に、ベンチテストを行ない、路上テストを行なった上、さらにビス検査をして故障の絶無を期しているのはこのためである。

 

 私達はスピードによって能率を求める現代文化の尖端に立つことを自覚するとともに、自己の職業の重大さを深く反省し、インジェクターが名実ともに「セイフテイー・レーザー」であるごとく、自社の製品に対しては絶対に責任と自信を持つよう一層の努力をしなければならない。製品に対する最善最大の親切は、完全なものを作ることである。このことは同時に顧客に対する最善最大のサービスでもある。

 

 そしてまたこのことは、文化に貢献する自由主義、世界主義の根本理念と合致するものでもある。

 

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