本田宗一郎のことば
資本とアイデア
(1952.S27.3 月報 本田宗一郎)
社会の進歩する速度が緩慢な時代には、事業経営は一つに経済的資本にかかっているということは、事業経営の最も根本的な要求であった。 たとえば、味噌とか、醤油とかのように、その製造に一定の期間を要するものは、一応の資本力を持つものでなければできない事業である。味噌や醤油屋の多くが地方の財産家であるのはこの故である。
しかるに現在のように、過去における十年、二十年の進歩を、一年とか半年に縮めて行なう時代においては、事業経営の根本は、資本力よりも事業経営のアイデアにある。
地主によって代表せられるように、封建時代においては所持している土地を持ち続けることによって、その地位を保つことができた。また、第二次大戦前は経済的資本力のあるものは、資本そのものにものを言わせて、その地位を保つことができたが、現在のように世界を挙げて目まぐるしく進歩する時代においては、資本力は事業経営における重要さの度合をアイデアに譲った。
時代に魁(さきが)けるアイデアが経営を繁栄に導くのである。よいアイデアがなければ、いかに金貨の袋を抱いていても、時代のバスに乗り遅れて敗残者となるのである。
資本がないから事業が思わしくないとの声をよく聞くが、これは資本がないからでなく、アイデアがないからである。現に資本は乏しくても新しいアイデアによって、隆々と発展している会社がある。反面、豊富な資本の整備した工場で、多くの人間を擁しながら、事業不振で赤字を出している会社の少なくないことによっても明らかである。
時代の急激な進歩は、事業経営における資本とアイデアとの重要度を転倒させた。