本田宗一郎のことば

企業は人なり

(1966.S41.1 技研弘報 本田宗一郎)


 昨年は本田技研の輸出も伸び、企業全体の実績もよかった。

 日本全体が不景気の中でうちがよかったから、"ホンダさんはいいですネ"とよく言われた。

 世の中というところは面白いもので、まるで偶然的な観念で、ものを言っているものが多い。本当はそうじゃない。

 後でやるか先にやるかが問題で、困ってしまってから一生懸命努力する人と、困らないうちに困るであろうものを予測して先手を取って処置している人、という二つの型がある。

 言いかえるなら、時間というものをいかに稼いだかが問題である。どんな技術があっても、時間を稼いでいなければ駄目なので、これは証文の出し遅れと同じことだ。

「あんなことは、俺にだってできる」と言っても、結局は早いもの勝ちということになる。

 昨年のことでもう一つ言えることは、自動車の自由化が実施されたことである。

 しかし、企業は人なり。金や物は大したことじゃないと思う。

 よいアイデアが出て、時間を稼ぐことによって、金儲けした人はいくらでもいる。

 本田技研ではこんなよいものができた、それで儲かるんだということになれば、金は世界中からでも集めることができる。

 金をいくら持っている大会社でも使えば無くなる。結局はそこに働いている人の努力と、その人々がアイデアと時間をいかに稼ぐか、ということによって企業は大きくなれるものである。

 要するに、企業は人なり。正しくそのとおりである。

 また一方、昨年は合併ムードがあったが、合併すれば資本が大きくなり、外国の資本と対抗できると思っているらしい。

 資本が大きくなれば仕事ができるという考え方は、徳川時代の思想とまったく同じで、人間性を無視した資本主義のいちばん幼稚なものだ。

 現代の資本主義は、もっと人間性を土台にして修正されたものであるが、それを無視した統制的な考え方になっているようだ。

 そういう中に我われが入っていくのだから、今年は実に我われの本当の力量を発揮できる絶好のチャンスだと思う。

 こんなチャンスを見逃がしてはならない。そのためにも技術と時間を、徹底的に追求してもらいたいものだ。

 織物にたとえれば、技術は縦糸であり、時間という横糸を織り込んで初めて品物(織物)となる。これを早く仕上げるには、横糸のシャットルのスピードを増す以外に何物もないし、横糸のスピードを正確に増すことを究明することによって、初めて自分のものとなるのである。

 技術のみならず、事務の合理化にしてもすべて時間というものがついている。

 生きているのも自分の持ち時間があるからで、限られた人生においても、いかに有効に時間を利用するか、という点に焦点を合わせて考えなければならない。

 また、私達の仕事も一応プランに基づいて試運転をし、設計をし、発注をしていることが多いのである。なかなかプランどおりにはいかないのが常で、特に研究所の場合は時間が不安定となり勝ちで、そのために技術自体の探究も不足となり、計画も狂ってくることが多い。しかし、スケジュールが狂ったらいかにして元のスケジュールに戻すか、ということに焦点を絞らなければ、いつまでたっても進歩がないと思う。

 せっかく各部署でよい技術を出しても、時間というタイミングがずれれば技術はタダと同じである。

 発明・創意・工夫の中でいちばん大切なのが時間で、いくらよい発明、発見をしても、百万分の一秒遅れたら、発明でも、発見でもない。

 アイデアと時間は絶対的なもので切り離すことはできないのだ。縦糸だけでも、横糸だけでも、織物にはならない。

 切れたらすぐにつないで前のスケジュールどおりに戻したり、また、糸が悪ければもっと丈夫な糸に取り換えることが必要だ。

 こうしていろいろな手を使い、みんなが自分で考えたものを早く実施するようにしてもらいたいものだ。

 私は、自分が設計したものは一刻も早く物を見たい、と常々思っている。そのためには他人のを遅らせても、自分の設計したものを早くしてもらいたいと考えている。これが当たり前のことで、そのくらいの気持ちを持ってこそものを作る真の喜びを味わうことができるのである。

 仕事をしている人は、自分のアイデアが実現したときの喜びを、自分の血の通った兄弟や子供と同じような気持ちで見るのが本当の心情だと思う。特定の人だけがやるのではなく、一致協力して自分の考えをどんなものにも入れるよう、みんなで実現してもらいたいものだ。

 そして、いかに早く時間を稼ぐかということを真剣に考えてほしいと思う。

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