本田宗一郎のことば

事業繁栄の根本

(1953.S28.6 月報 本田宗一郎)

 

 

 一般に、よい品を安く作れば必ず売れて事業は繁栄すると信じられているが、その前に根本的に考えねばならぬことがある。すなわち、作る品物が大衆が求めているものであるか否かということである。石臼をいかに巧みに安く作っても現代の商品とならない。事業の根本は、まず時代の大衆の要求を知ることである。その点、わが社の製品ドリーム号も、カブ号も、能率とスピードを要求する時代に最もよくマッチしたものである。

 

 終戦直後私が、五〇c.c.のバイクモーターを作ったとき、大多数の人は将来性を危ぶんだものであった。しかし、私は自己の理論と信念とを貫徹し、今日の事業の基礎を築いたのであった。経営者として最も大切なことは、時代の騰勢を見通して会社の進路を定めることであるが、この判断の根底に、時代の要求を見抜く識見を必要とする。製品に時代の要求が加味されて初めて商品となるのである。

 

 しかも、商品として現代の大衆に喜び迎えられるためには、実用的価値に加えて、美的要求を具備しなければならない。たとえば、自動車を褒めるのに乗って見て褒める人は無い。眺めて直ぐに、これはよい車だと言う。商品としての自動車である以上、エンジンの性能が優れており、乗心地が快適であることは当然過ぎる程当然であって、車のよさを定める基準はかかる実用を越えた美しさにまで高められている。メーカーの注意が、実用価値を卒業して美しさにまで到達したときに商品と言われるのである。科学と芸術が調和した製品であって、初めて大衆に喜び迎えられる商品となり得るのである。

 

 殊に最も時代感覚の鋭敏な購買層を持つわが社においては、あらかじめこの点に着目して、高沢圭一画伯を顧問として、デザインにおいても他社の追随を許さぬレベルに達するよう努力している。

 

 事業の繁栄の根本は、製品を通じてお客様にサービスすることである。

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