本田宗一郎のことば
わが社の人事方針
(1954.S29.4 社報 本田宗一郎)
ドイツのフォルクスワーゲン会社社長ハインツ・ノールホフ氏が、何よりも先に着目したことは「労働者と経営者との一体関係を作り上げること」にあったと言われているが、正しい従業員関係こそ、今日の企業を成功させる基本的要素の一つであり、従業員全体の幸福と繁栄とにつながるものであって、この具体的成果を具現していくためには、部下をもつ人々の協力と援助にまたなければならないところが誠に大きい。
近代的な意味における従業員関係は、全従業員が「会社の人事の取り扱いは公正で信頼するに足る」と確信するとき、初めてできるものであるから、ここにあらためてその方針を列挙してみよう。
一、常に適正な給与が支払われるよう努力すること
何よりも大切なことは部下を持つ人が、このことに対して真面目に考え、努力していることの証明であるが、それと同時に部下の疑問にいつでも答えることができなければならない。
そのためには、当社の給与がいかなる理論によって体系だてられているかについて、十分承知しておくことが必要である。
わが社の給与は、基本的には従業員個々人の労働(仕事=責任)の評価によって定められており、あわせて従業員の人間的属性(年齢、経験、勤続年数)や生計費等の考慮の結果によって定められ、最後に勤務成績によって調整されている。
二、適正な作業条件と安全な作業環境を維持すること
作業場が豚小屋同然の所に、よい製品が生まれることは絶対にない。残業時間を連続させることは、必ずしも生産の増強と連なるものでもない。危険な作業や不健康な職場には、手当てをつけるだけで満足すべきではない。手当てはそのような悪い条件を排除する努力が最大限になされた後に、考慮すべきものである。
このような観点から工場、倉庫、事務所、食堂、休憩室、娯楽施設等を整備して、従業員の福祉の保持に注意されなければならない。
三、雇用を常に規制すること
従業員の数は仕事の量に応じて規制されるべきものであり、いったん従業員として採用した場合には、その雇用が永続できるようにすることが必要である。忙しいときと暇なときと、いずれを基準に人を雇い入れるかの問題は、経済の原則によって定められなければならない。
監督者は、人事部課に対して増員を要求するのが常であるが、真に有能な監督者はその前に仕事のやり方を研究し、適材配置と組織化と無駄の排除によって、より少ない人員でより高い能率を発揮できないかを考えるものである。
先頃来、能率協会の手によって工程管理の指導が行なわれているが、直接指導を受けている人以外であっても、このようなことにもっともっと関心が注がれるよう希望する。
四、適材を適所に配置すること
人事配置の問題は従業員個々の能力や適正を常に検討しておいて、できるだけ、その実力や素質を伸ばすことのできる職場や職種に配置するよう考慮しなければならない。
五、各従業員には、勉強しさえすれば、昇進の道はいくらでも開かれていることを知らせておくこと
欠員の補充には、第一に在職者中より抜擢されるべきものである。そのためには、従業員を常に訓練し指導すると同時に、場合によってはいろいろの仕事を経験させたり、社外の教育を受けさせることも必要である。
一人の人材の発掘が、いかに全従業員に張り合いを与えるものであるかについては、諸君も承知のとおりであるが、これこそいちばん大きな監督者の責任だとさえ言われることがある。もちろん社内に適材を求め得ない場合には、あまり無理をしてはならない。一人の専門家やその道に造詣を持った人は、優に十人、百人分の仕事を果たすことのあることも知っておくべきである。
六、監督者は従業員の私的な相談にも応じてやること
個人の私生活に介入することは、一般的には歓迎すべきことではない。しかし、部下が病気や事故で働けなくなったときに、規制や規定をよく承知しておいて、見舞金や貸付金、その他の援助の方法を世話し、親切にしてやることはきわめて大事なことである。特にわが社の従業員は年齢的に若いので、必要に応じて部下がいつでも私的な相談を持ちかけてくるような職場の雰囲気を常日頃作っておくことが絶対必要である。
七、倹約を奨め無駄を排除すること
監督者は部下の将来の幸福のために株式を持つことを奨め、貯蓄をすることを教える責任がある。そしてそのことがただちに会社や社会の利益になり、ひいては従業員の待遇改善の基礎ともなることを、知らせておくことが必要である。または住宅の購入・新築、保険、その他家計上の事項について相談ごとを持っている従業員に対しては、先輩として指導してやるのもよいが、ときには最も良い助言者を紹介してやることも適切なことである。
八、社会的、体育的、厚生的な活動に協力すること
若い人達が大人になるためには、いろいろな経験や試練が必要である。活動的な部下の意欲をできるだけのびのびと援助し、助長しつつ、健全に育つことを念願することも監督者の努めである。
九、幹部と自由に論議する権利を与えること
仕事の上においては幹部であり、一従業員であっても、従業員の福利の問題や会社の利益の問題について論ずる場合には、まったく対等の発言が許され、偏見のない理解が与えられなければならない。
若い人の中にこそ一途に会社を愛する情熱が発見されることを、今までもたびたび経験しているだけに、そのような自由なる議論が何らのこだわりもなく、常に自由に行なわれるように部下達に保証しておくことは、監督者の任務であると同時に諸君をより偉大にするものと考える。
十、日常の業務に信頼と友愛の精神をみなぎらせること
会社は大きくなるにつれて人間味を増すようにしなければならない。もちろん規律、標準慣例等は会社が大きくなればなるほど必要になってくるけれども、それを取り扱う精神はできるだけ相愛の精神にあふれ、相互の信頼と善意に満ちたものでなければならない。
監督者は常に身を潔白におき、部下の尊敬を集め、信頼をつなぎとめ得るように日常絶えず努力し、研鑽することを忘れることのないよう期待してやまない。